大分県の神社や史跡を巡りました。
中津城

中津市
日本三大水城
築城の名手として知られる黒田官兵衛が築いた城です。
山国川を天然の水堀とし、潮の干満によって堀の水位が上下するため、香川県の高松城、愛媛県の今治城と並び、「日本三大水城」の一つに数えられます。
廃城と西南戦争により建物は失われましたが、昭和39年(西暦1964年)に天守閣が再建されました。
城内には中津大神宮や中津神社などが鎮座しています。
中津城(公式サイト)

宇佐市平和資料館

宇佐市
宇佐海軍航空隊の記憶を辿る
宇佐市平和資料館は、宇佐海軍航空隊の歴史や、宇佐から出撃した特攻隊、宇佐への空襲などを紹介する施設です。
宇佐海軍航空隊は、昭和14年(西暦1939年)に実戦訓練を行う航空隊として開隊しました。
昭和20年(西暦1945年)からは特別攻撃隊の訓練が始まり、八幡護皇(はちまんごおう)隊が編成され出撃していきました。
宇佐市平和ミュージアム(仮称)
画像の出典元 : 宇佐市平和資料館がリニューアルしました。|宇佐市
宇佐神宮

宇佐市
八幡大神ゆかりの社
宇佐神宮は、
①八幡大神(はちまんおおかみ)=誉田別命(ほむだわけのみこと)=応神(おうじん)天皇
②比売大神(ひめおおかみ)
③神功(じんぐう)皇后=気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)
をお祀りしています。
第15代応神天皇は霊験あらたかな御神徳をもって、八幡大神・八幡大菩薩として全国に祀られています。
比売大神は、古くから宇佐の地で崇拝されてきた宗像三女神とされ、「道」の神様として崇敬されています。
神功皇后は応神天皇の母君で、お腹に御子(後の応神天皇)を宿したまま軍船を率いて新羅に向かい、三韓を征伐なさいました。
宇佐神宮の創始は、境内中央にある菱形池のほとりに、不思議な姿をした鍛冶の翁が現れたことに始まります。これを神のしるしと考えた大神比義(おおがのひぎ)は、ひたすら祈りを続けました。そして3年後の欽明天皇32年(西暦571年)、八幡大神が初めてお姿を現し、自ら応神天皇であることを告げ、日本を守護することをお誓いになったと伝えられています。
国家の守護神
養老4年(西暦720年)の隼人の乱では、八幡大神が神輿に乗って出御し、隼人討伐をお助けになったと伝えられ、これが神輿の起源と云われています。
天平17年(西暦745年)、聖武天皇の発願によって東大寺大仏の建立が始まりました。このとき八幡大神から協力の託宣があり、事業は成就しました。天平勝宝4年(西暦752年)の大仏開眼法要には八幡大神も神輿に乗って入御なさったと伝えられています。その後、八幡大神は仏法守護の神として「八幡大菩薩」の尊号を朝廷から贈られました。
神護景雲3年(西暦769年)、称徳天皇の寵愛を受けた僧・道鏡が皇位を狙った事件では、和気清麻呂(わけのきよまろ)公が宇佐に派遣され、八幡大神の託宣を朝廷に奏上しました。この託宣によって道鏡の野望は退けられ、皇統の正統が保たれました。
和気清麻呂公は宇佐神宮の摂社である護皇(ごおう)神社や京都の護皇神社にお祀りされています。
八幡宮の総本宮
宇佐神宮は4万社余りある八幡宮の総本宮です。
国家の守護神として、都の裏鬼門(南西)にあたる男山に勧請され創建されたのが石清水(いわしみず)八幡宮です。
また、源頼朝が幕府の守護神として勧請し、鎌倉に創建したのが鶴岡(つるがおか)八幡宮です。
明治5年(西暦1872年)には官幣大社に列しました。
宇佐神宮(公式サイト)
道の駅「ゆふいん」~別府ロープウェイ
由布岳

湯布院町
由布岳(ゆふだけ)は、大分県のほぼ中央にそびえる標高1,583mの火山で、「豊後(ぶんご)富士」とも呼ばれます。
山頂が二つ並んでいる双耳峰の姿が特徴です。
狭霧台

湯布院町
狭霧(さぎり)台は、由布院盆地と由布岳を一望できる名所です。
鶴見岳山上

別府市
鶴見岳(つるみだけ)は、別府市にそびえる標高1,375mの火山で、山頂からは別府湾や周囲の山々を一望できます。
標高約500mの「別府高原駅」からロープウェイを利用すれば山上まで気軽にアクセスできます。
別府ロープウェイ
西寒田神社

神功皇后ゆかりの社
大分市
西寒多(ささむた)神社は、西寒多大神をお祀りしています。
西寒多大神は、
①月読尊(つきよみのみこと)
②天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)
③天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
の三柱の総称です。
月読尊と天照大神は、三貴神のうちの二柱です。
天忍穂耳命は、天照大神と素盞鳴尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)によってお生まれになった神様です。
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の父君でもあります。
神社の創始は、神功(じんぐう)皇后が三韓征討からの帰途、西寒多山(現在の本宮山)に行幸され、四方の山々を御覧になった際に、一本の白旗を立ててお帰りになったことに始まると伝えられています。その後、人々はこれを尊び、その地に瑞垣(みずがき)を結んで聖地として崇めました。やがて応神天皇の御代、当地に宮殿を建立するため朝廷に願い出て勅許を得、勅命を奉じた武内宿禰(たけのうちのすくね)が応神9年に豊後国(ぶんごのくに)へ下向し、宮殿の建立にあたったと云われています。
明治4年(西暦1871年)には国幣中社に列しました。
藤の名所としても知られています。
西寒多神社(公式サイト)
本宮山

大分市
西寒多神社の境内からは、奥宮のある標高608mの本宮山へ登ることができます。
写真は七合目付近の猫平展望台で撮影したもので、登山口から山頂までは約2時間かかります。
大分懸護国神社

大分市
英霊に感謝
大分縣護国神社は、明治戊辰の役以来国難に殉じた大分県出身の英霊約44,000柱をお祀りしています。
祖国を護る為に戦ってくださった英霊に感謝の誠を捧げました。
大分縣護国神社(公式サイト)
西ノ州方面の街並みを望む

神社は高台に位置しており、展望台からは西ノ州方面の街並みを一望できます。
柞原八幡宮

大分市
金亀(こんき)和尚が創建した社
柞原(ゆすはら)八幡宮神社は、
①応神(おうじん)天皇=誉田別命(ほむだわけのみこと)=八幡大神(はちまんおおかみ)
②仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)=足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)
③神功皇后(じんぐうこうごう)=気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)
の親子三柱をお祀りしています。
神社の創始は、天長4年(西暦827年)、延暦寺の名僧・金亀和尚が宇佐神宮に参籠(さんろう)して神告を受け、柞原山に八幡神を勧請したことに始まると伝えられています。
古くは、由原(ゆすはら)宮、八幡由原宮、賀来社と称されていました。
大正5年(西暦1916年)には国幣小社に列しました。
境内には樹齢3,000年とも云われる大楠があります。
柞原八幡宮(公式サイト)
大分空港へ
道の駅 たのうらら

大分市
海沿いにあって見晴らしの良い道の駅です。
小城展望公園

国東市
大分空港や瀬戸内海を一望できます。
その他
- 別府地獄めぐり
- 湯布院温泉
- 薦(こも)神社
地図
以上です。