宮崎市、日南市の神社や史跡を巡りました。
宮崎特攻基地慰霊碑
宮崎特攻基地慰霊碑は昭和58年に建立されました。
宮崎基地から飛び立った特攻隊を含む英霊385柱と、宮崎懸出身者で宮崎基地以外の基地から発信した英霊414柱の、計799柱の英霊が合祀されています。宮崎空港の近くにあります。
祖国を護る為に戦ってくださった英霊に感謝の誠を捧げました。
宮崎特攻基地慰霊碑奉賛会
鵜戸神宮
鵜戸神宮は鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)をお祀りしています。
鵜葺草葺不合命は、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命(とよたまひめのみこと)の間に生まれた御子で、神武天皇のお父上です。
神社の本殿は、海岸の崖の上の洞窟の中にあります。参道からは海に切り立つ岩々を見ることが出来ます。境内は門や玉垣の朱色が鮮やかです。
鵜戸神宮
波切神社
波切神社は鵜戸神宮の境内にあります。山道を下って、ひっそりと静まりかえった洞窟の中にあります。目の前は海です。
青島神社
青島は周囲が1.5kmほどの島です。周りには、「鬼の洗濯板」と呼ばれる珍しい形の岩が広がっています。
その島にある青島神社は、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、塩筒大神(しおづつのおおかみ)の三神をお祀りしています。
彦火火出見命は、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)と木花咲屋姫命(このはなさくやひめのみこと) の間に生まれた御子で、「海幸彦と山幸彦」のお話の山幸彦の方です。
豊玉姫命は、彦火火出見命のお妃です。
塩筒神は、釣り針を探す山幸彦を手助けされた神様です。
青島へは歩いて橋を渡ります。朱色が鮮やかな社殿です。
青島神社
宮崎神宮
宮崎神宮は、神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)=神武天皇(じんむてんのう)をお祀りしています。
神武天皇は宮崎でお生まれになり、後に東に向かって国内を平定してゆき、奈良の橿原の地を都と定めて国を建て、初代天皇に即位されました。
宮崎神宮
宮崎県護国神社
宮崎県護国神社は、明治戊辰の役以降、国家公共に尽くした41,800余柱の英霊をお祀りしています。宮崎神宮の隣にあります。境内には戦没者の遺品を集めた「遺品館」があります。
祖国を護る為に戦ってくださった英霊に感謝の誠を捧げました。
宮崎県護国神社インスタグラム
平和の塔
平和の塔は、「日本書紀」に記される神武天皇の即位から2,600年に当たる昭和15年(西暦1940年)に「紀元2,600年記念事業」の一つとして建設されました。当時の戦争に向かう時代背景の中で建設された施設ですが、現在は公園として広く県民に親しまれている貴重な歴史遺産です。
塔は、日本サッカー協会のシンボルマークである八咫烏(やたがらす)のデザイン制作者でもある彫刻家「日名子実三(ひなこじつぞう)」氏の設計によるもので、建設には、奉仕団を含め作業員延べ66,500人、総工費67万円を費やしました。
塔の高さは36.4mで、その外形は神事に用いる御幣を模しています。
四隅には信楽焼の高さ4.5mの四魂像
「荒御魂(あらみたま)=武人」
「和御魂(にぎみたま)=商工人」
「幸御魂(さちみたま)=農耕人」
「奇御魂(くしみたま)=漁人」
が配置され、塔の正面中央には秩父宮殿下直筆による「八紘一宇(はっこういちう)」の文字が刻まれています。
また、塔入口の青銅の扉には、神武天皇が美々津港からお船出した時の模様が浮き彫りされており、その周りの62の模様は、古事記、日本書紀に記された諸物が描かれています。
引用:塔の掲示より
平和台公園
その他
地図
以上です。