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宮崎市、日南市の神社や史跡を巡る

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宮崎市、日南市の神社や史跡を巡る
宮崎市/日南市の神社や史跡を巡りました。
宮崎特攻基地慰霊碑をはじめ、洞窟の中に本殿が鎮座する鵜戸神宮/青島神社/神武天皇をお祀りする宮崎神宮などを写真で紹介します。

宮崎特攻基地慰霊碑

「宮崎海軍航空隊之跡」の石碑と、奥の慰霊碑へ続く参道
宮崎市

空ゆかば

海軍航空隊の宮崎基地(赤江飛行場)は、現在の宮崎空港の場所にありました。
宮崎基地は、教育航空隊として開隊され、昭和19年(西暦1944年)10月に実戦部隊が配備、昭和20年(西暦1945年)3月から特別攻撃隊の出撃基地となりました。
宮崎特攻基地慰霊碑には、宮崎基地から飛び立った特攻隊を含む英霊385柱と、宮崎県出身者で宮崎基地以外の基地から発進した英霊414柱の、計799柱の英霊が合祀されています。
祖国を護る為に戦ってくださった英霊に感謝の誠を捧げました。
宮崎特攻基地慰霊碑奉賛会
宮崎海軍航空隊
岡田保治 海軍少尉
空ゆかば 雲染む屍 大君の
醜の御楯と 我勇み往く
加井 二等飛行兵曹
若鷲は みなみの空に 飛び翔ちて
帰る寝ぐらは 靖国の宮

鵜戸神宮

海に切り立つ岩々と、朱色の欄干が続く鵜戸神宮の石段
日南市

神秘なる洞窟に鎮座する社

鵜戸神宮は鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)をお祀りしています。
鵜葺草葺不合命は、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命(とよたまひめのみこと)の間に生まれた御子です。
第1代神武天皇の父君でもあります。
神社は日向灘に突き出た岬にあり、本殿は鵜葺草葺不合命の産屋の址である約300坪の広さの洞窟の中に鎮座しています。創建は第10代崇神天皇の御代と伝えられています。
参道からは海に切り立つ岩々が望め、門や玉垣の朱色が鮮やかです。
明治28年(西暦1895年)には官幣大社に列しました。
鵜戸神宮(公式)
鵜戸神宮|九州の神社

波切神社

洞窟の中から見える海と岬、手前に立つ朱色の鳥居
日南市
波切神社は鵜戸神宮の境内にあります。山道を下ると、ひっそりと静まり返った洞窟の中に鎮座しています。目の前は海です。

青島神社

青島へ続く石畳の道と、こんもりと緑が茂る島
宮崎市

神秘なる島に鎮座する社

青島は周囲が1.5kmほどの島です。周りには、「鬼の洗濯板」と呼ばれる珍しい形の岩が広がっています。
その島にある青島神社は、
①彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)
②豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
③塩筒大神(しおづつのおおかみ)
の三柱をお祀りしています。
彦火火出見命は海幸山幸神話の山幸彦の方で、豊玉姫命はそのお妃。塩筒神は、釣り針を探す山幸彦を手助けされた神様です。
神社の創祀は、海積宮(わだつみのみや)からお戻りした彦火火出見命の宮居の址に三神をお祀りしたことに始まると伝えられています。
青島へは歩いて橋を渡ります。
朱色が鮮やかな社殿です。
青島神社(公式)
青島神社|九州の神社

宮崎神宮

銅色の大きな鳥居と、木製の灯籠が並ぶ宮崎神宮の参道
宮崎市

初代天皇ゆかりの地

宮崎神宮は、神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)=神武天皇(じんむてんのう)をお祀りしています。
鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)と玉依姫(たまよりひめ)の間に生まれた御子です。
神武天皇は宮崎でお生まれになり、後に東に向かって国内を平定してゆき、奈良の橿原の地を都と定めて国を建て、初代天皇に即位されました。
神社の創祀は、神武天皇の孫にあたる健磐龍命(たけいわたつのみこと)(阿蘇神社の御祭神)が九州の長官に就任した際、祖父の御遺徳をたたえるため鎮祭したことに始まると伝えられています。
王政復古の大号令で「諸事神武創業ノ始ニ基ツキ」との理念が示されたことで、宮崎神宮は一躍脚光を浴びるようになり、明治18年(西暦1885年)には官幣大社に列しました。
宮崎神宮
宮崎神宮|九州の神社
神武天皇のチャレンジ精神、「人の代」を切り開く – 國學院大學

紀元2,600年記念 | 平和の塔

曇り空にそびえる、人物像が配された石造りの平和の塔
宮崎市
宮崎神宮から2km程離れた平和台公園に建っています。
平和の塔は、「日本書紀」に記される神武天皇の即位から2,600年に当たる昭和15年(西暦1940年)に「紀元2,600年記念事業」の一つとして建設されました。当時の戦争に向かう時代背景の中で建設された施設ですが、現在は公園として広く県民に親しまれている貴重な歴史遺産です。
塔は、日本サッカー協会のシンボルマークである八咫烏(やたがらす)のデザイン制作者でもある彫刻家「日名子実三(ひなこじつぞう)」氏の設計によるもので、建設には、奉仕団を含め作業員延べ66,500人、総工費67万円を費やしました。
塔の高さは36.4mで、その外形は神事に用いる御幣を模しています。
四隅には信楽焼の高さ4.5mの四魂像
「荒御魂(あらみたま)=武人」
「和御魂(にぎみたま)=商工人」
「幸御魂(さちみたま)=農耕人」
「奇御魂(くしみたま)=漁人」
が配置され、塔の正面中央には秩父宮殿下直筆による「八紘一宇(はっこういちう)」の文字が刻まれています。
また、塔入口の青銅の扉には、神武天皇が美々津港からお船出した時の模様が浮き彫りされており、その周りの62の模様は、古事記、日本書紀に記された諸物が描かれています。
引用:塔の掲示より
平和台公園

宮崎県護国神社

岩に社名を刻んだ宮崎県護国神社の碑と、奥に見える白い鳥居
宮崎市

英霊に感謝

宮崎県護国神社は、明治戊辰の役以降、国家公共に尽くした41,800余柱の英霊をお祀りしています。
宮崎神宮の隣にあります。境内には戦没者の遺品を集めた「遺品館」があります。
祖国を護る為に戦ってくださった英霊に感謝の誠を捧げました。
宮崎県護国神社インスタグラム
永峯肇 海軍飛行兵曹長
南海に たとへこの身ハ 果つるとも
いくとせ後の 春を想へば

その他

地図

モデルコース

記事で紹介した場所を、宮崎空港でレンタカーを借りて回る想定で、移動の少ない順に並べたモデルコースです。
空港のすぐそばの宮崎特攻基地慰霊碑から回り始め、遠い日南市の鵜戸神宮を先に回ってから宮崎市内に戻ります。
  1. 宮崎空港(レンタカーを借りる)
  2. 車で約10分
  3. 宮崎特攻基地慰霊碑
    見学 約20分
  4. 車で約60分
  5. 鵜戸神宮
    見学 約1時間
    境内の波切神社も
  6. 車で約50分
  7. 青島神社
    見学 約40分
  8. 車で約35分
  9. 宮崎県護国神社
    見学 約20分
  10. 徒歩約5分
  11. 宮崎神宮
    見学 約40分
  12. 車で約5分
  13. 平和の塔
    見学 約20分
  14. 車で約25分
  15. 宮崎空港(レンタカーを返す)
合計の目安
約6時間30分
移動 約3時間10分/見学 約3時間20分
移動時間は車での目安です。道路や駐車場の混雑で変わります。
「徒歩」の区間は、車を止めたまま歩いて回る時間です。
以上です。
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