栃木県内の日光/宇都宮/佐野で、神社や史跡を巡りました。
日光東照宮/下野国一宮の宇都宮二荒山神社/唐沢山城の本丸跡に建つ唐澤山神社のほか、大谷石の採石場跡に刻まれた平和観音も写真で紹介します。
日光東照宮/下野国一宮の宇都宮二荒山神社/唐沢山城の本丸跡に建つ唐澤山神社のほか、大谷石の採石場跡に刻まれた平和観音も写真で紹介します。
この記事の目次
日光
徳川家康公を祀る | 日光東照宮
日光市
日光東照宮は、江戸幕府を開いた徳川家康公をお祀りしています。
家康公は、五大老の筆頭となり、関ヶ原の戦いに勝利して、264年も続く江戸幕府の礎を築かれました。
境内には、五重塔、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿が彫刻された厩、きらびやかな装いの陽明門などがあります。
明治6年(西暦1873年)には別格官幣社に列しました。
日光東照宮
家康公は、五大老の筆頭となり、関ヶ原の戦いに勝利して、264年も続く江戸幕府の礎を築かれました。
境内には、五重塔、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿が彫刻された厩、きらびやかな装いの陽明門などがあります。
明治6年(西暦1873年)には別格官幣社に列しました。
日光東照宮
ご神体は霊峰二荒山 | 日光二荒山神社
日光市
日光二荒山(ふたらさん)神社は、二荒山大神(ふたらやまのおおかみ)をお祀りしています。
二荒山大神は、
①大己貴命(おおなむちのみこと)=大国主命(おおくにぬしのみこと)、
②そのお妃の田心姫命(たごりひめのみこと)(宗像三女神の一柱)
③その間に生まれた味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)
の親子三柱の総称です。
二荒山(男体山)をご神体としてお祀りしています。
明治6年(西暦1873年)には国幣中社に列しました。
日光二荒山神社
二荒山大神は、
①大己貴命(おおなむちのみこと)=大国主命(おおくにぬしのみこと)、
②そのお妃の田心姫命(たごりひめのみこと)(宗像三女神の一柱)
③その間に生まれた味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)
の親子三柱の総称です。
二荒山(男体山)をご神体としてお祀りしています。
明治6年(西暦1873年)には国幣中社に列しました。
日光二荒山神社
霊場日光山の大本堂 | 日光山輪王寺
日光市
日光山輪王寺(にっこうざん りんのうじ)は天台宗の寺院で、本堂「三仏堂(さんぶつどう)」は東日本最大の木造建築です。
境内には、三代将軍家光公の霊廟「大猷院(たいゆういん)」や慈眼大師(天海大僧正)の霊廟「慈眼堂」など、荘厳なお堂が立ち並んでいます。
日光山輪王寺
境内には、三代将軍家光公の霊廟「大猷院(たいゆういん)」や慈眼大師(天海大僧正)の霊廟「慈眼堂」など、荘厳なお堂が立ち並んでいます。
日光山輪王寺
平和観音
宇都宮市
戦没者の霊を弔う
大谷寺の南側に高くそびえる平和観音は、身丈26.93メートル(88尺8寸8分)の高さで、第二次世界大戦による戦没者の霊を弔い、世界平和を祈念するために、大谷観音の御前立(おまえだて)として彫刻されたものです。引用:掲示より
戦後間もない昭和23年9月より、当時の大谷観光協会と地元の人々の熱心な後援のもとに、大谷石の採石場であった壁面を利用し、南側の岩肌に観音像を刻みました。東京芸術大学教授・飛田朝次郎氏が彫刻を手がけ、その指導のもと、昭和29年12月に完成しました。
昭和31年には、日光輪王寺門跡菅原大僧正により開眼供養が行われ、それ以降大谷の顔としてそびえたっています。
栃木縣護国神社
宇都宮市
英霊に感謝
御製
広芝を うむる人群 旗持ちて
振る音聞ゆ 今日のよき日を
振る音聞ゆ 今日のよき日を
宇都宮二荒山神社
宇都宮市
下野国一宮
宇都宮二荒山(ふたらやま)神社は、豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)をお祀りしています。
豊城入彦命は、第10代崇神天皇の皇子で、東国を治めて、上毛野国(かみつけのくに)・下毛野国(しもつけのくに)の豪族である毛野氏の祖となりました。
豊城入彦命は、第10代崇神天皇の皇子で、東国を治めて、上毛野国(かみつけのくに)・下毛野国(しもつけのくに)の豪族である毛野氏の祖となりました。
神社の創祀は、第16代仁徳天皇の御代に、豊城入彦命の四世孫である奈良別王(ならわけのきみ)が下毛野国の国造に任ぜられ、豊城入彦命を荒尾崎(下之宮)にお祀りしたことに始まると伝えられています。
古くから武人の信仰が篤い宇都宮二荒山神社。
平安中期に活躍した藤原秀郷(ひでさと)公もここで戦勝を祈願し、霊剣を授かって平将門(たいらのまさかど)討伐に臨まれました。
明治6年(西暦1873年)には国幣中社に列しました。
二荒山神社
平安中期に活躍した藤原秀郷(ひでさと)公もここで戦勝を祈願し、霊剣を授かって平将門(たいらのまさかど)討伐に臨まれました。
明治6年(西暦1873年)には国幣中社に列しました。
二荒山神社
唐澤山
千年の古城跡 | 唐澤山神社
佐野市
唐澤山(からさわやま)神社は、藤原秀郷(ひでさと)公をお祀りしています。
藤原秀郷公は天慶(てんぎょう)3年(西暦940年)、東国で反乱を起こした平将門(まさかど)を成敗したことで名を馳せました。
その殊勲が認められて、下野(しもつけ)守と武蔵守を兼任なさり、後に鎮守府将軍もお務めになりました。
その武勇ゆえに、「俵(田原)藤太(たわらのとうた)」の名で「百足退治」などの伝説にも登場する人物です。
唐沢山城は、藤原秀郷公が築いたとする伝承が古くから地元にあるそうです。
唐澤山神社は明治13年(西暦1880年)、有志の働きかけにより唐沢山城の本丸跡に創建され、明治23年(西暦1890年)には別格官幣社に列しました。
唐澤山神社
藤原秀郷公は天慶(てんぎょう)3年(西暦940年)、東国で反乱を起こした平将門(まさかど)を成敗したことで名を馳せました。
その殊勲が認められて、下野(しもつけ)守と武蔵守を兼任なさり、後に鎮守府将軍もお務めになりました。
その武勇ゆえに、「俵(田原)藤太(たわらのとうた)」の名で「百足退治」などの伝説にも登場する人物です。
唐沢山城は、藤原秀郷公が築いたとする伝承が古くから地元にあるそうです。
唐澤山神社は明治13年(西暦1880年)、有志の働きかけにより唐沢山城の本丸跡に創建され、明治23年(西暦1890年)には別格官幣社に列しました。
唐澤山神社
天狗岩
佐野市
唐沢山城跡の入り口にある天狗岩からは市街を一望でき、遠くには浅間山や赤城山の姿も望めます。
また、社務所の前からは富士山が見え、視界がきけばスカイツリーの姿を捉えることもできるそうです。
唐沢山の標高は242mで、田沼駅から山頂まで徒歩で1時間程です。
また、社務所の前からは富士山が見え、視界がきけばスカイツリーの姿を捉えることもできるそうです。
唐沢山の標高は242mで、田沼駅から山頂まで徒歩で1時間程です。
その他
- 華厳滝
- 中禅寺湖
- 大谷寺
- 大谷資料館
- 日光江戸村
地図
モデルコース
記事で紹介した場所を、宇都宮駅でレンタカーを借りて回る想定で、移動の少ない順に並べたモデルコースです。
日光の3つの社寺は、車を止めたまま歩いて回れます。大谷の平和観音から日光へ向かい、佐野の唐澤山神社に寄って宇都宮に戻ります。
日光の3つの社寺は、車を止めたまま歩いて回れます。大谷の平和観音から日光へ向かい、佐野の唐澤山神社に寄って宇都宮に戻ります。
- 宇都宮駅(レンタカーを借りる)
- 車で約10分
-
栃木縣護国神社見学 約20分
- 車で約15分
-
平和観音見学 約30分
- 車で約45分
-
日光山輪王寺見学 約40分
- 徒歩約10分
-
日光東照宮見学 約1時間
- 徒歩約5分
-
日光二荒山神社見学 約20分
- 車で約85分
-
唐澤山神社見学 約30分入り口の天狗岩から市街を一望
- 車で約55分
-
宇都宮二荒山神社見学 約20分
- 車で約10分
- 宇都宮駅(レンタカーを返す)
合計の目安
約7時間35分
移動 約3時間55分/見学 約3時間40分
移動時間は車での目安です。道路や駐車場の混雑で変わります。
「徒歩」の区間は、車を止めたまま歩いて回る時間です。
施設の開館時間は事前に確認すると安心です。
以上です。